1. ホーム »
  2. 呑香稲荷神社

画像_写真001画像_写真001

呑香稲荷神社

 会津藩上級武士の5男で後に陸軍大将を務めた柴五郎が、明治3年12才で下北に移封された際、兄と共に仮住まいした所です。厳寒の中、暖をとる手段もなく、俵やむしろなどにくるまって、眠れぬ夜を過ごしたそうです。

 

風雪の落の沢

 明治維新は、斗南藩(旧会津藩)にとって痛恨維新であった。

 明治三年斗南藩では士族授産を目的として、当地落の沢を相し松ヶ丘に荒川の渓流を引き、三十余戸の住宅を築造した。

 柴五郎(後の陸軍大将)が少年期に家族と共に同年六月に到着、落の沢で越冬した。

 寒気肌をさし、夜を徹して狐の遠吠えを聞き五郎の厳父佐多蔵は「ここは戦場なるぞ 会津の国辱雪(そそ)ぐまでは戦場なるぞ」と言ったという。

                                                 (「会津人柴五郎の遺書」より)

 

 明治四年廃藩置県により、忽然と士族授産は消え失せ士族は四散せざるを得なかった。

 斗南士族の胸中には「まこと流罪に他ならず、挙藩流罪という史上かってなき極刑にあらざるか」という憎悪と怨念が残るのみであった。