1. ホーム »
  2. 佐井村

佐井村

自然が生み出した奇跡、仏ヶ浦に上陸する。
波と風がつくりあげた神秘の名勝、受け継ぐ伝統芸能、伝統行事。
人々によって大切に守られてきた佐井村のたからに触れる
まさに天巧みの極み。大自然が作らしめた奇跡の景観に仏を見た

今生の極楽浄土か、鬼ヶ城か。造化の天工が住む仏ヶ浦
下北半島を鉞の形に例えるなら、その刃の部分。津軽海峡に面した半島最西端に位置する。地勢は、概して峻険で平坦地が少なくほとんどが山地。役場所在地の佐井地区を中心に南部・矢越地区以南は、山岳が海岸線まで迫る断崖絶壁が続く。
冬期には陸路も限られる厳しい自然環境と引き換えに、天が与えたのが、景勝地・仏ヶ浦。紺碧の海と白波のコントラストも美しく、白緑色の奇岩が屹然と連なる様子は、まさに人智を超えた仏の領域。大正11年にこの地に旅した紀行家・大町桂月は、その美しさを「神のわざ鬼の手づくり仏宇陀(仏ヶ浦) 人の世ならぬ処なりけり」と詠っている。辺境の地・下北を代表する秘境だが、現在は、佐井、脇野沢の港から遊覧船が出航。天工の美景を気軽に堪能することができる。

全国でも稀有な漁村歌舞伎伝わる村
東北・北海道と京都・大坂、江戸を結ぶ北前船の中継地として繁栄した佐井は、現在もほとんどの集落が海岸線に沿って点在する。その中にひとつ、福浦地区には、明治時代に伝わり漁師たちによって伝承されてきた福浦歌舞伎がある。記録によれば、明治20年。上方から村内矢越地区を訪れた地回りの役者、中村菊五郎・菊松夫妻に、冬の楽しみのない福浦地区での暮らしを癒すべく歌舞伎指導を懇願。約2年間の修行期間を経て明治23年に初上演したことに始まる。当時14戸しかなかった福浦地区の住民全員が参加。伝承につとめたという。以来、お盆や正月、慶事の席ではもちろんのこと、出稼ぎ先でも二人寄れば手踊りが始まったというくらい、歌舞伎はこの地の人々の心身に染み込むことに。不況や過疎化など度重なる存亡の危機に遭いながらも、活動拠点となる「歌舞伎の館」も完成。4月10日の福浦稲荷神社例大祭のほか、厳冬期の佐井の味覚と歌舞伎上演を楽しむツアーなど、その魅力に触れられる機会も増えた。

:lol: コンテンツ